帷子川
注意掲示
(横浜市旭区今宿東町)
2022/10/22
「注意/この階段は川の一部です。/雨が多く降ると、階段の上のところまで川の水がきます。/雨の時や雨の後など水の多い時はときはキケンですから階段の中に入らないでください。」
帷子川捷水路トンネル上の畠山重忠公碑
(横浜市旭区今川町)
2022/11/19
畠山重忠公碑の下に川を通すトンネルが出来たのは1988年で、それまで帷子川は離れたところを流れていた。大規模な河川工事は今も続いており、かつて自分が知っていた帷子川とは位置も様相も変わってきている。自分が今宿南町に移り住んできた頃は投棄された廃材が目立ち排水で泡立っていることもあり、しばしば台風で氾濫する暴れ川でもあった。母親が星川に住んでいた頃は夏には泳いたそうで、反物の水洗作業をする川でもあった。上星川には古くからの染物工場が今もあるが、現在は川の水は使っていない。
帷子川
(横浜市旭区今宿南町)
2022/11/26
カワセミはよく見かける。ただ、カワセミは飛んでいる派手な翼の色彩で気づくもので、慌ててシャッターを押しても川と植物が写っているばかりである。
畠山重忠公碑直下の帷子川捷水路トンネル
(横浜市旭区今川町)
2022/12/29
国土交通省の説明によれば、捷水路(しょうすいろ)とは「河川が弓のように曲がっている部分をまっすぐに直して、洪水を安全に流し下すために削り開かれた人工の水路をいいます。」
帷子川
(横浜市旭区鶴ヶ峰本町)
2022/12/29
帷子川の水は澄んでいるが、小魚などは見えない。道端で言葉を交わしたご老人によれば上流の方にはたくさんいるそうで、自分は単に目が悪いだけだろう。コイやカメなら見えるのである。
畠山重忠公碑から見下ろす帷子川
(横浜市旭区今川町)
2022/12/30
正面が希望ヶ丘から二俣川へと続く支流で、右側が帷子川の本流である。昔は本流は右上のマンションの前を流れていて、公園のところは畑で、そこまで丘陵があって商店や飲食店、住宅が建っていた。かつてここにはアルバイト時代の同僚の家があり、偶然出遭って飲み屋で何回か話をしたことがある。どこに移り住んだのかは知らない。飲み屋ごと消え失せた。
川遊び
(横浜市旭区鶴ヶ峰本町)
2022/12/30
自分の母親の生家は星川で、子供時分には帷子川で泳いだり水遊びをしていたそうだが、現代の子どもたちも同じ川で遊んでいる。どこそこでカメやザリガニを捕まえたとか、赤い目ならシマヘビだよという話声が響いて聞こえた。
遊水地
(横浜市旭区今宿南町)
2022/12/30
子供の頃にはこの遊水地まで水が上がっているのを何度も見ている。下りたことはなかったが、手摺りが付いた階段が付いていて、犬を散歩させている人が上がってきたので入れ替わりに下りてみた。
帷子川
(横浜市旭区鶴ヶ峰)
2023/04/08
セイヨウキヅタに覆われていてよく見えないが、ここが畠山重忠公碑直下の帷子川捷水路トンネルの出口になる。西川島町の方にはもっと大きな帷子川分水路トンネルがあるらしいが、行ったことはない。神奈川県と横浜市の
【帷子川分水路】によると「帷子川分水路トンネルは、全長約5.3km 幅11.2m、高さ9m で新幹線のトンネルより一回り大きく、水路トンネルとしては国内最大級のものです。」
帷子川
(横浜市旭区鶴ヶ峰)
2023/04/08
自分が引っ越してきた当時はここに川はなく、急勾配の谷間に雑木林と小川があり住宅が点在するところだった。右側の歩道を少し行った帷子川親水緑道は元々の谷間の様相を色濃く残しているが、何も知らなければ帷子川からポンプで水を汲み上げて自然風の小川を模した公園に見えるかもしれない。実際は小川ではなく帷子川の方が人工物である。畠山重忠公碑がトンネルの上に作られたと現地で写真を撮っても気づかない人もいる。事実と想像はまったく異なることがある。
帷子川
(横浜市旭区鶴ヶ峰)
2023/04/08
この新造された川の上にはかつて何十軒かの家々があり、谷戸の自然があった。伐採された古木は数知れない。当たり前のことだが、古くからの町や自然を改変しなければ都市計画は出来ない。
帷子川捷水路トンネルの銘板
(横浜市旭区鶴ヶ峰本町畠山重忠公碑)
2023/05/04
畠山重忠公碑の鉄柵にある銘板はクロガネモチの陰にある。「帷子川遊水路トンネル/1988年3月/横浜市下水道局/延長 141.1m 高さ 9.548m 幅員 16.30m/施工:鹿島・奥村・保土ヶ谷建設共同企業体」と記されている。河川は「下水道」に当たることを改めて思い出した。
帷子川上流の魚影
(横浜市旭区今宿西町)
2023/05/04
帷子川本流の中に初めて鯉以外の魚影を見た。これまでは覗き込んでもなかなか見えなかった。たまたま流れが穏やかで風もなく天気の良い日だったのかもしれない。
帷子川上流の魚影
(横浜市旭区今宿西町)
2023/05/04
そもそも小さな魚影がどんな風に見えるものか知らなかったのかもしれない。一度捉えれば魚の動きにしか見えないが、これまでは川底の水草かゴミがうごめいているとしか見做さなかったということだろう。
帷子川上流の魚影
(横浜市旭区今宿西町)
2023/05/04
一緒に買い物に連れ出っていた母は自分より目が悪いが、しばらくは目を凝らすようにして指し示す先を探していたが、やがて手摺りにしがみついた。その時、足元の真っ黒な塊が動きだした。それは何百匹か何千匹かの稚魚の群れだった。母は面白い面白いと口にしながら見入っていた。
帷子川上流の魚影
(横浜市旭区今宿西町)
2023/05/04
川底を覗き込んでいると、ベビーカーを押して通りがかった二人の若い主婦も川底を覗き込んで驚いていた。みな地元の人間である。子供たちが釣り道具を持ち込んだり、川面に下りて何やら採っている姿は見ているだろうし、鯉以外の魚の話も耳に入っているはずだ。しかし、聞くのと見るのでは大違いである。
帷子川ルート
(横浜市旭区今川町)
2023/05/04
「●ルートについて/鶴ヶ峰駅と上川井町の帷子川源流域付近を帷子川に沿って結ぶ約6kmのコースです。コース途中には由緒あるお寺や、全長約300mの水路橋、源流域には自然の景観をそのまま残した小川アメニティーもあります」。由緒あるお寺とは清来寺のことである。
歴史と畠山重忠
(横浜市旭区今川町)
2023/05/04
区役所に近く、畠山重忠公碑が見える小さな公園の前に大きな案内板があった。昭和14年、昭和59年、改修後の帷子川の地図、鶴ヶ峰周辺史跡マップ、畑やわら編著「畠山重忠」からの図版がある。
帷子川捷水路トンネル付近
(横浜市旭区今川町)
2023/05/04
土日は遠くから訪れたと思われる人たちとよく擦れ違うようになってきた。旅する者は服装や持ち物も違うし、案内地図らしきものを手にしていたりする。そもそも歩の進め方や目線の配り方から違うので見当が付く。
魚影
(横浜市旭区今宿南町)
2023/08/05
コイ以外の魚を一度見つけると、不思議なことに頻繁に魚影を見るようになった。半世紀以上見てきているはずの帷子川の中である。これまで自分は小魚がいないと思い込んでいたわけではなく、機会があるごとに川の中に目を凝らしてもいたにも関わらず見つけられなかった。つまりこれは、植物観察を重ねることで実践的な識別力、つまりは技術が身に付いてきたということだと思う。
帷子川上流
(横浜市旭区今宿南町)
2023/10/21
川の中のこの岩塊は2016年に撮ったアオサギとコサギが群れていた岩塊と同じである。どれほど前からあったものかは思い出せもしない。自然が豊かになったのか自分の目が豊かになってきたのか、記憶からは動植物の一つ一つを洗い出すこともできず、今昔の自然の豊かさを比較するにはタイムマシンを使う他はない。
鎧橋と帷子川
(横浜市旭区鶴ヶ峰鶴ヶ峰公園)
2024/05/14
以前は、鶴ヶ峰の鎧橋商店街の中程を帷子川が横切っており、青銅色の欄干の鎧橋が掛かっていた。鎧橋のたもとに大きなバスターミナルがあり狭い水道道は常に渋滞していた。現在は鎧橋は撤去され、鶴ヶ峰商店街に名称を変え、バスターミナルは駅の西側に移動し、埋め立てた川は2つの公園になった。この碑は鶴ヶ峰公園の入口に平成15年に区役所が設置したもので、水道道を挟んで「鎧の渡し緑道」の小公園がある。地形には名残があり、水道道は鎧橋付近で最も低くなっており、両公園はかつての川底に向かって下り坂になっている。
鎧橋と帷子川
(横浜市旭区鶴ヶ峰鶴ヶ峰公園)
2024/05/14
「鶴ヶ峰公園のこのあたりは、古くは帷子川として流水をたたえたところですが、河川改修により埋め立てられ誕生しました。/鎧橋は、明治時代に横浜水道敷設のために造られた水道みちと帷子川が交差していたこの場所に架けられました。当初、木で造られていた橋は、時代とともに架け替えられながら永く親しまれてきましたが、平成15年の道路改修工事によりはずされました。/鎧橋という名の由来は定かではあり ませんが、一説には、やや上流の旭区役所付近に「鎧の渡し」と呼ばれた渡し場があったことから名づけられたといわれています。」
鎧橋跡
(横浜市旭区鶴ヶ峰鎧の渡し緑道)
2024/05/25
鎧橋があったところにだけ欄干風のガードレールがあり、始点と終点に「鎧橋」の名を刻む円柱塔がある。左は鶴ヶ峰公園の入口で下り階段とスロープがあり、傍らに「よろいばし」の四角い説明プレートと「水道みちトロッコの歴史」の丸いプレートが設置されている。中央の建物の1階には「リバーサイド」という赤い看板のパブがある。書店勤めをしていた時に店長と何度も通った店で、トウジュロの下には帷子川が流れていた。
量水標
(横浜市旭区下川井町)
2024/11/16
下川井町の御殿橋(ごてんばし)の欄干にカメラやパトライトと共に水位計があるのは先月12日に写真を撮ったが、反対側の欄干の下には水位を目視するための量水標があった。
量水標
(横浜市旭区下川井町)
2024/11/16
水面は量水標の120センチほどのところにある。これは水深で、横浜市水防災情報では、この日この時刻の御殿橋水位観測地点の水位は2センチである。水位とは個々の観測値で定めた基準面からの高低差のことで、言わば平常時の平均水深のことである。基準面を120センチとすれば水位2センチなら水深は122センチとなる。
水位計
(横浜市旭区都岡町)
2024/12/07
電波式水位計。マイクロ波インパルスを発信し、水面からの反射を受信して距離を測定する。デジタル表示は「0.065m」で、水位に換算してある。公開情報ではこの時間の水位は1センチとなっているので、55mmが基準面だろう。
御殿橋の水位計
(横浜市旭区都岡町)
2024/12/14
写真を撮るようになってから自分の頭の中の世界と現実とのズレに気付いて、毎日のように穴だらけの記憶を埋め直している。頭の中では見えているつもりでも現実に見えていないことは無数にある。
御殿橋の監視カメラ
(横浜市旭区都岡町)
2024/12/14
監視カメラはMOBOTIXの製品で、全天候・耐候性の連続8倍ズームの二眼レンズでパン・チルト機能や録画機能、温度センサーがあり、マイクとスピーカー内臓で、電話やメール、アラームなどが付いており、カメラ部分が可動する。
御殿橋の水位計
(横浜市旭区都岡町)
2024/12/14
この日の水防災情報によれば基準値未満で水位0となっている。つまり、前回の数値と合わせて推定すれば、この御殿橋ではおそらく水位60~65mm辺りを基準値0として切り捨て数値を水防災情報に載せているようである。
水位計直下の川面
(横浜市旭区都岡町)
2024/12/14
御殿橋の下流側、水位計の真下は水位6センチほどの流れがあるが、上流側に設置された量水標は水位120センチほどを示していて水が滞留しておりコイがたくさん泳いでいる。
今宿第二雨水調整池
(横浜市旭区今宿南町)
2024/12/21
雨水調整池は地下にあって見えないものもあるが、付近には必ず貯留量を示す表示板が設置される。横浜市の道路局河川部が有するものは230箇所以上あって、この今宿第二雨水調整池の貯留量は15746立方メートルである。
ホルツハウゼ調整池
(横浜市旭区金が谷)
2024/12/21
川沿いに歩くと調整池や調節池、水道や河川施設などの表示板をよく見かけ、時には川からだいぶ離れたところでも見かける。地上から見えている水路もあれば、貯水池自体が地下にあり見えない地下水路と繋がっている場合がある。
遊歩道
(横浜市旭区鶴ヶ峰本町)
2024/12/28
現在の帷子川は整備がかなり進んだが、半世紀前は右に左に蛇行しており真っ直ぐな流れなどほとんどなかった。大雨が降れば遊水池に水が溢れ、床上まで浸水する家もあり、下流の横浜駅が水に浸かったりしていた。
旭警察署の掲示板
(横浜市旭区鶴ヶ峰)
2025/03/15
旭警察署の掲示物は、自動車や電化製品といった廃棄物を赤丸で囲んで斜線を引いたもので、左右に逃げる影法師に「犯罪」の赤文字がある。「法人の場合3億円以下の罰金」と明記されている。
帷子川と自分
(横浜市旭区今宿南町)
2025/03/20
川面に映る影は自分で、これは自分用の観察記録である。読者を想定していないので新聞記事より無味乾燥なはずである。ところが、他人が読むと違うらしい。たぶん、それは行間に映った読者自身の影である。
蛇籠
(横浜市旭区鶴ヶ峰)
2025/04/19
帷子川捷水路トンネルを境に上流と中流に分けているが、これは中流に沈めてある蛇籠(ロックユニット)である。蛇籠は整形しやすく中の岩も流されにくいので、川床の洗掘防止や水流の制御に用いられる。もちろん、様々な生物の住処ともなる。ただ、ここは治水のため10センチ深くする計画があるので、いずれは撤去されるだろう。
帷子川
(横浜市西区横浜駅)
2025/07/19
この川は幸川と呼ばれており、帷子川から分かれ、また帷子川へと合流する派川(はせん)である。帷子川を挟んで、北側の派川がこの幸川(さいわいがわ)で、南側には新田間川(あらたまがわ)という派川がある。
帷子川
(横浜市西区横浜駅)
2025/07/19
正面奥に見える赤茶けた色の橋が南幸橋で、手前が相鉄ムービルに接続している幸橋である。駅へと戻り際、南幸橋の下にはメバルの死骸が浮いていた。
水道道トロッコ遺構
(横浜市旭区川井本町)
2025/09/02
1887年(明治20年) わが国最初の近代水道が横浜に創設されました。/この水道みちの橋に架かる2本のレールは、運搬手段のなかった当時、津久井郡三井村から横浜村(三井取入所から野毛山浄水場)まで44Kmの水道みちに敷設され、鉄管や資機材の運搬に活躍したトロッコのレールです。/水道みちに唯一現存するこのレールを近代水道拡張の歴史的文化遺産として保存するものです。
水道道トロッコ遺構
(横浜市旭区川井本町)
2025/09/02
当時使われたトロッコには、下り坂での暴走を防ぐためのブレーキはついていたものの、人力で押したり、馬に引かせたりするもので、もっぱら木材などの資材を運ぶために使用されていた。
水道道トロッコ遺構
(横浜市旭区川井本町)
2025/09/02
トロッコのレールは単線だが、ところどころに待避所が設けられていたようである。橋の上にだけ残されているのは、舗装公示などによって撤去されたりアスファルトの下に埋まってしたからだろう。今ではレールの代わりに、巨大な水道管が地下に通っている。
帷子川
(横浜市旭区川井本町)
2025/09/02
川底には整流や環境維持のために低水路が切ってある。低水路には降水量が少ない時にも水が集中して流れ込む。これによって滞留による腐敗や悪臭も減る。また、水生生物にとっては、適度な流速によって酸素が取り込まれることになり、渇水時には避難場所ともなる。
帷子川上流の氷結
(横浜市旭区今宿南町)
2026/01/25
この日、明け方6時前後に1.8℃まで気温が下がり、午後3時頃には7℃まで上昇していたが、風速5メートルの北北西の風である。このところ、ほとんど雨が降っておらず、帷子川上流には細い流れしかなく、氷が張っていた。
注意掲示
(横浜市旭区今宿西町)
2026/02/15
2022年の夏、鶴ヶ峰付近で川遊びをしていた小学生の溺死事故があった。そこからは離れているが、河川敷に降りる階段の傍に、真新しい注意事項の掲示がある。急な深みやすべりやすい場所に注意。川に入る前に天気や水位を確認。大人と一緒に。すべりにくい靴やライフジャケットの着用。
帷子川
(横浜市旭区今宿南町)
2026/02/15
川底の岩盤(シルト岩)が広範囲に露出している。これは約200万年前~数十万年前に堆積した上総層群で、泥と砂の層が積み重なった互層である。川の浸食によって上の関東ローム層は削ぎ落とされており、表出した上総層群の地層も、次第に泥の層が削れていき、洗濯板状になっている。
台風6号接近時の帷子川その1
(横浜市旭区今宿南町)
2026/06/03
台風6号は旭区では最大風速8mだったが、旭消防署の雨量計では午前8時に27.5mm/hを示し、累計雨量は121.5mmとなった。横浜市水防災情報によれば、上流の御殿橋の水位は午前8時に避難判断水位の150センチを超えて160センチに達した。
台風6号接近時の帷子川その2
2026/06/03
生活道路はどこでも川面から4mほどは高く設置されているが、旭土木事務所前の遊水地には濁流が流れ込みそうになっていた。1985年の台風6号が横浜市にもたらした54.0mm/hの記録の半分ではあるが、豪雨の中では、もっぱら傘の保持や足元の確認で忙しく、時おり川面が目に入るぐらいである。
Yellow Roof 's Museum