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黄色い屋根の博物館
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足柄下郡箱根湯本

塔ノ沢の早川 足柄下郡箱根湯本
塔ノ沢の早川 (足柄下郡箱根湯本) 2017/11/05
日本語は言語である以前に、生物としての人間が自然の中で生き続けるために、自然発生的に結晶した知覚システムである。それは人間が意図して設計したものではなく、環太平洋という火山・津波・台風が重なる自然災害の多い環境の中で、何千年もかけて自然に形成されてきた。同じ環太平洋に位置するポリネシア語族が日本語と同じ音韻的特徴を持ち、角田忠信の研究で同様に自然音を言語脳で処理することが示されたのは、偶然ではない。同じ自然環境が、同じ言語の性質を生んだのである。

早川 足柄下郡箱根湯本
早川 (足柄下郡箱根湯本) 2017/11/05
日本語の音韻構造はその本質を端的に示している。母音はわずか5つ、音節は原則として子音+母音の開音節で構成される。この構造は処理コストが極めて低く、どんな母語を持つ人間の発音も収束させる包容力を持つ。外国人が日本語のアニメソングを訳詞ではなく日本語のまま歌う方が心地よいと感じるのも、日本語の音が自然音と同じ開かれた響きを持つからである。そして何より、言語処理に認知資源を奪われないため、自然音への知覚チャンネルが常に開いたままでいられる。

早川 足柄下郡箱根湯本
早川 (足柄下郡箱根湯本) 2017/11/05
オノマトペはその証拠である。日本語には4500語以上のオノマトペがあるとされるが、重要なのはその数ではなく性質だ。英語のcrashやbuzzが事後的に命名された音の模倣であるのに対し、日本語のオノマトペは五感で掴んだ情報が意味を介さず直接音になったものだ。英語のオノマトペが「言語が音を模倣した」ものであるとすれば、日本語のオノマトペは「音が言語になった」ものである。起源と方向が根本的に異なる。

早川 足柄下郡箱根湯本
早川 (足柄下郡箱根湯本) 2017/11/05
この違いは知覚の問題として現実に現れる。日本人が英語を話すとき、虫や鳥の声が遮断されるという報告がある。同じ日本人が、日本語モードでは自然音を受け取り、英語モードでは遮断される。これは言語が単なるコミュニケーションツールではなく、知覚そのものを切り替えるスイッチとして機能していることを示している。日本語は自然音と同じ生物的基盤を持つため、言語使用中も自然音との共存が可能なのだ。

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早川 (足柄下郡箱根湯本) 2017/11/05
日本語が虫の声に対応するオノマトペを季語として詩歌に組み込み、子供の頃から耳に入れてきたことは、単なる文化的な豊かさではない。それは自然からの信号を精密に受け取る能力を、世代を超えて継承する仕組みだった。松虫、鈴虫、轡虫…種ごとに対応する語があることで、知覚が細分化され鋭敏になる。語彙の存在ではなく、その語彙が生活・文化・感性の中で生きて使われているかどうかが知覚を形成するのである。

早川 足柄下郡箱根湯本
早川 (足柄下郡箱根湯本) 2017/11/05
これは危機管理能力としても機能してきた。虫の声が突然止む、鳥の飛び方が変わる、風の音が違う…。これらは自然災害の前兆として先人が命がけで蓄積してきた信号である。言語を介さずに瞬時に処理されるからこそ、生死の境で機能する。日本語はその能力を損なわないように発達してきた。これは偶然ではなく、その能力を持つ集団が生き残り、その言語を継承した結果である。

早川 足柄下郡箱根湯本
早川 (足柄下郡箱根湯本) 2017/11/05
日本語が発達する過程で外来語を取り込みながらも、生物基盤の原理は侵食されなかった。例えば、カタカナという変換装置によって、どんな外来語も日本語の音韻体系に収束させる。英語の音韻構造をそのまま受け入れるのではなく、日本語の論理に変換して吸収する。これは言語の包容力であると同時に、生物基盤を守る免疫機能とも言える。

早川 足柄下郡箱根湯本
早川 (足柄下郡箱根湯本) 2017/11/05
西洋の言語が人間を自然の上に置き、自然を客体化・命名する構造を持つのに対し、日本語は人間を自然の一部として位置づける構造を根幹に持つ。だから日本語は人文と自然を分断しない。謡曲・祝詞・わらべ歌・俳句など、語ることが歌になり、歌が祈りになり、祈りが自然への応答になる。これは様式の問題ではなく、言語の根幹構造が音楽と自然音と同じ層にあるからだろう。

早川 足柄下郡箱根湯本
早川 (足柄下郡箱根湯本) 2017/11/05
日本語はまた、他の言語の発生と発達を説明する原理を内包している。自然環境との関係性が言語の根幹構造を決める。つまり、人間が自然の上に立つ文明は自然を客体化する言語を持ち、人間が自然と等価な文明はそれに応じた言語を持ち、人間が自然の一部である文明は生物基盤に根ざした言語を持つ。これは言語類型論ではなく、言語発生そのものの自然科学的な原理である。人文科学と見なされてきた言語の問題が、自然科学の基礎原理の上に直接乗っている。

早川 足柄下郡箱根湯本
早川 (足柄下郡箱根湯本) 2017/11/05
日本語とは、生物としての人間が自然の一部であり続けながら言語を持つという、奇跡的な均衡の産物である。その均衡は虫の声の中にあり、オノマトペの中にあり、5つの母音の響きの中にあり、松尾芭蕉の一句の中にあり、横浜の片隅で自然を記録するこの営みの中にもある。科学論文を英語で書く慣習を続けていては、論証できないことは多々ある。そもそも言葉から自然を説明するのは逆向きの論理なのである。


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